オーラルヒストリー取材の出発点

2025-10-26 09:38

スタートが良ければ、半分は成功したようなものだと古くから言われています。私の第二次世界大戦にまつわる日本残留孤児の口述史調査は、まさにこの言葉を裏付けるものとなりました。


この3年間で日本の主要都市と中国東北地方の各地を訪れて行った口述インタビューは250回を数えました。戦後80年の節目である本年、「中国残留邦人・在日華人研究所」は日中両国の多くの有識者の方々のご支援の下、社会に開かれた研究機関として設立されました。本研究所は、戦争の深刻な後遺症の一つである「残留邦人」の問題を通じて、日本の侵略戦争が諸外国にもたらした苦難と困難に満ちた歴史を明らかにし、この歴史の教訓を踏まえ、世界中の人々が手を携え、尊い平和を守り続けていく重要性を訴えてまいります。


取材開始からあっという間に三年が経ちましたが、ご協力いただいたお一人お一人の表情、語り口などは今でも鮮明に脳裏に焼き付いています。とりわけ印象深いのは、最初のインタビューでした。2022年8月21日午後、在日中国人篆刻家の馬景泉氏(楽得斎さんのご主人)のご紹介により、東京都大田区のJR蒲田駅で富井義則さんと初めてお会いしました。富井さんは白髪をたたえながらも矍鑠(かくしゃく)とされ、駅近くのマクドナルドで約2時間にわたりインタビューを受けていただきました。その後、以後の取材スケジュールも立てさせていただきました。

当時は新型コロナウイルス感染症の流行がピークを迎えていた時期であり、馬氏を通じて取材を申し込んだ関係者には感染リスクを理由にことごとく断られました。しかし、富井さんと奥様は感染リスクを顧みず、私の研究に理解と共感をもって取材への協力を快諾していただきました。初めてお宅を訪問した際、展子夫人から言われたのは「感染拡大以降、あなたは我が家の初めてのお客様です」でした。


以降、ご夫妻へのインタビューや実地調査は、東京都、栃木県、長野県、中国上海市などで、計10回以上にわたりました。お二人共、1950年代から1960年代にかけて中国で高等教育を受けた知識人で、鋭い分析力、明晰な記憶力、正確な表現力、そして深い洞察力を兼ね備え、中国残留邦人の中で際立った存在といえます。また、お二人の家族背景や人生経験は、研究対象として残留邦人の典型的な側面と独自性の両方を併せ持った稀有な存在とも言えます。

富井さんご夫妻は、毎回の取材に周到な準備をされ、真摯にそして誠実に向き合ってくださいました。研究者として開始早々これほど厳格で責任感の強い協力者に出会えたことは極めて幸運だったといえます。お陰で私は中国残留邦人の研究を長く続けていく決意を固めることができました。

富井さんは定年後、20年にわたり残留邦人の支援活動をされており、日本政府の残留孤児に関する政策に精通し、たくさんの個別案件に具体的な支援をされてきた実績があります。そのため氏は単なる取材対象にとどまらず、次第に私の研究活動における重要なアドバイザーとなり、現場に根差した貴重な知見もご提供いただきました。

さらに、豊かな人脈を生かし、多くの残留邦人を紹介してくださっただけでなく、それぞれのインタビューに毎回同行してくださいました。お陰で取材は短期間で大きく進展し、私の研究は信頼性と広がりをもつようになりました。

富井さんとの関係が深まるに伴い、ご夫妻の一貫した人生哲学と精神的支柱を知るところとなり、強い感銘を受けました。ご夫妻の言動および豊富な人生経験は、若輩の研究者である私に学術的側面でも精神的成長という側面でも大きな糧を与えてくださいました。

今や、ご夫妻は単なる取材協力者という枠を超え、私にとって師であり、友人でもあり、忘年交(年齢を越えた友人)というべき存在となっています。ご夫妻のますますのご健康とご長寿を心からお祈りし、本研究所の草創期から着実な発展を遂げる過程を末永く見守っていただければと願っています。

2025年10月25日大連にて